04

ヒロさんの腕の中、励まされながら時間を過ごす時間は、永遠に思えた。でも部屋の外から足音が聞こえてきて、彼は静かに身体を引く。唯一、私の腰を支えるようにして回された片手だけが、温かく残ったまま。

「おい、じきに医者が到着する」

すっかり、冷たい声に戻ったライはそう言いながら部屋に入ってきた。その後ろ、割と距離を置いてバーボンも続くと、少しだけドアを閉めている。

「それで、目ぼしい情報は聞き出せましたか、スコッチ?」
「……ああ、かなりな」
「なら、彼女にもう用はなくなりますが、この後どうするつもりなんです、ライ?」

この面倒な荷物をどう処理するのか、その手腕を試すかのように挑発的に聞くバーボンを、ライは一瞥する。

「顔を見られてしまっているからな。もちろん、このままにはしてはおけない」
「……だとすると、医者を呼んだ貴方の行動はとても不可解ですが」

消すつもりなら、医者など呼ぶ必要ないだろうと、バーボンはそう言ってライの行動に疑いの目を向けて……。どうやらこの三人は、複雑すぎる関係性らしい。やっぱり余計なことを、スコッチに言わなくて良かったと、心の中で思った。

「ライ、まさか彼女を……」

スコッチが何かに勘付いたように声を発すると、ひやりとした冷たい空気が流れていった。しばらく、誰も話さない。

「鋭いな、スコッチ」

ライはマッチに火をつけながらそう言う。そしてそれ以上は会話をする気がないというように紫煙を燻らすのを見て、スコッチはベッドから立ち上がりライの元へと足を進めていった。胸ぐらを掴みそうな勢いに、バーボンが割って入るけれど、「話が違うだろう」と口にするスコッチの声は、低く怒りに満ちていた。

「話も何も、端から俺はその女を始末するつもりだったさ」
「治療を受けさせるんじゃ、」
「ああ、そうだ。だがその後について言われた覚えはない」
「っく……」
「どうしたスコッチ。随分と彼女に入れ込んでいるようじゃないか」

ライが挑発するように言うと、言葉に詰まったスコッチの代わりというように、今まで沈黙を保っていたバーボンが口を開く。

「違う。分からないからですよ。彼女を売るつもりだったのなら、あの時点で薬を飲ませてしまえばよかったはず。しかしリスクを犯してまで此処へ連れてきた、その理由が分からない。違いますかスコッチ」
「……ああ」

スコッチは少し落ち着きを取り戻したようで、半歩後ろに下がった。

「情報だよ。あの場で消すのは惜しいと思ったまでだ」
「それで、もう彼女は用済みだから売ると?」
「ああ。悪くない話だろう。俺たちにとって彼女は、消しておきたい存在だが、無駄に手を汚すこともない。医者はその女が使えるか診た後、上手に売るだろうさ」

その上俺たちは強力な鎮痛剤も手に入る、とライはニヤリと口元を緩ませながら、嘘の説明をしていく。上手く話をリードしているけれど、バーボンもスコッチも納得いっていないようだった。

「いえ、それでは不十分ですよ、ライ。下手に彼女から情報が漏れては困ります。ここは僕が、」
「安心しろ、あの医者は裏の社会では名が知れている。問題ない」
「っは、何故そう言い切れるんです?いいですか、貴方は……」

そうして二人はまた、言い争いを始めてしまう。でも、なんでバーボンは反対するのだろう。闇医者に売る案では、保証が足りないということなのか。

「分かった、ライ……それでいい」
「スコッチっ?」

二人の言い争いを傍から見ていたヒロさんは、冷静さを取り戻した声でそう言う。バーボンはその言葉が信じられないようだった。

「組織に聞かれれば、その説明で通せばいい。医者には代わりに金を払うから……今回は見逃せないか?」

しん、と部屋の中が静まり返る。スコッチがライにそう言う姿を、後ろから見ながら、私はただ口を僅かに開けて見ているしかなかった。驚くのは、ライに背中を向けたままスコッチを見ているバーボンも、私と同じように目を見開いていることだった。まるで「何を言っているんだ」と言いたげに。それは、私のイメージするバーボンの表情とは似つかわしくないものだった。

「何と、言った?」

ライが、この静けさを断ち切るように言葉を発する。

「見逃せないかと言ったんだ。彼女の話によると、例の男は明後日、港で取引するらしいんだ。俺たちは何とかその場所を突き止めて、待ち伏せし、そこで男からデータを取り戻せばいい。その後、彼女をそこへ置いていけば警察が見つける」
「……その女は、俺たちの顔を見ているんだぞ」
「ああ、分かってる。でも、彼女が口を割らなければいい」

そう言うとスコッチは少し息を乱しながら、私の方へ向かってきた。ベッドの前にしゃがみ込んで、私の目をじっと見つめてくる。

「もし、警察に少しでもオレたちのことを話せば、オレは地の果てまで君を探し出して、生きていたことを後悔させるから。分かるか?この意味が」

その声に優しさは一ミリたりとも無く、ひんやりと背筋が凍り付くような恐ろしさがあった。手首を強く握られて、少し痛い。でもヒロさんは真っ直ぐな瞳で、私を見つめていた。そんなの、受け入れる以外の選択肢はない。私が数回頷いて答えると、ヒロさんは立ち上がってライの方を振り返った。ライは表情を変えないままだったけれど、私をチラリと見た後、小さく息を吐く。

「何をしようとしているのか、分かっているのか、スコッチ」
「必要以上のことはしたくないだけだ」
「ホー、いいのか?組織の考えと相反しているようだが」

ライの追及に、ヒロさんは言葉を詰まらせていた。でも、はあ、と深いため息を吐くと、まるで降参といったように身体を揺らしながら、ライを見据える。

「分かったよ、認める。惚れたんだ、彼女に、いいだろうこれくらい」

少し投げやりな言葉に、バーボンは焦ったように一歩足を踏み出すと、ライに視線を向けた。一方のライはは顎を上げながら、ヒロさんを見ている。少し目を細めて、それは意外な反応を見せたヒロさんを少し面白がるような、そんな間を置いて、また鋭く瞳を向る。

「……全てはお前の独断だ、もしもの時の覚悟はできているんだろう?」
「ああ、当然だ。それでいいだろう?バーボン」

二人の視線がバーボンに向くと、彼はスコッチを見たまま、静かに頷いた。

「ならスコッチ、金はいい。代わりこれは一つ借りだ、忘れるなよ」

ライはちらりと私を見ると、部屋を出て行く。そして、丁度頃合いを見計らったように、医師が到着した。